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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)581号 判決

明石市相生町浜通一一八番地

上告人

名方大介

右訴訟代理人弁護士

藤井信義

明石市桜町二丁目一〇五六番地の一

被上告人明石税務署長

前川義男

右当事者間の再調査請求法律関係存在確認請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三二年四月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は、原判決の判断遺脱、理由不備、審理不尽、事実認定の経験則違背等を主張するのであるが、要するに、原審が証拠に基いて上告人が再調査請求を取り下げた事実を認定したのに対し、右事実認定を非難するに過ぎず、原判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背を主張するものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

○昭和三二年(オ)第五八一号

上告人 名方大介

被上告人 明石税務署長

上告代理人藤井信義の上告状記載の上告理由

第一点

一、原判決は民事訴訟法第百九十一条第一項第二項の規定に違背し従つて上告人の主張に対する判断遺脱の違法がある。即ち上告人は原審の昭和三十年十月十日の第一回口頭弁論期日に昭和三十年十月八日附第一準備書面に基き、陳述(同日附口頭弁論調書参照)したるに拘らず原判決は右上告人の主張(原判決事実摘示以上の主張就中予備的請求原因をも含む)を判決の「事実及争点」に摘示せず従つて之に対する何等の判断を示さないのは明らかに判断遺脱の違法があり右違法は判決に影響があることは明らかであるので原判決は既に此の点に於て破毀を免れないものと思料する。

第二点

一 原判決は経験則に違背して事実を認定した違法がある。

即ち原判決の引用する第一審判決の理由によれば上告人の再調査申立の係争取下の動機は弁護士の意見に基き形成せられた由であるが其の然らざることは以下の理由のみからでも亦明らかである。

弁護士である上告代理人は上告人若しくは其の実父名方平二に取下の意見乃至勧告をなしたことがないのみならず(証人名方平二、上告人本人供述)上告代理人が其の実父と面談したのは上告人に対し取下をしないと強い決意を表明した(甲一)昭和二十八年三月二十一日の二日後である。同年同月二十三日のことである(甲十八)しかるに其の八日後である同年同月三十一日には上告人の実父名方平二は係争贈与税と表裏の関係にある自己に課せられた資産再評価税に付被上告人に審査の申立(甲二)をなすと共に上告人に対する係争贈与税に付更に重ねて其の精査方を求め「私共は御課税を納めねばならぬ正当の理由明白なれば私も倅も納税を否むものではありません」と断呼たる決意を表明しているのである(甲三)。

二、即ち弁護士の意見(弁護士に取下の意見がない)からは上告人に何等取下の決意が生じたとは経験則上認められないのである。従つて佐々木証人が原審で供述する様に、「控訴人が異議申請をした時の事情や言行からして、取下ということは考へられませんでしたが」「控訴人が取下をするということは一寸考へられぬことでしたが」の通りであるのである。

しかるに原審は佐々木証人の「弁護士の意見に基いて、取下をする」趣旨のあたかも雲をつかむ様な抽象的の供述を措信(取下を認定する限りは其の動機に付首肯するに足る理由の説示が必要でないであらふか之が第一点の判断遺脱と繋るのである、即ち此の点に関し審査不尽である)し、取下の事実を認定したことは正に、経験則に違背して事実を認定した違法(上告人が昭和二十八年四月十六日明石税務署に出頭納税したことは当事者間争のないことであり従つて原判決説示の甲二十二に関する午前午後の認定の如きは左程重要性を有するものとは考へられない)があり右の違法は判決の主文に影響があることが明らかであるので原判決は此の点に於ても亦破毀を免れないものと思料する。

論旨第一点、第二点に関する詳細竝に其他の上告理由は追て上告理由書を以て主張する。

以上

○昭和三十二年(オ)第五八一号

上告人 名方大介

被上告人 明石税務署長

上告代理人藤井信義の上告理由

第一点 原判決は民事訴訟法第百九十一条第一項第二項の規定に違背し従つて同法第四百二十条第一項第九号に該当する判断遺脱の違法があるか若しくは同法第三百八十五条第一項第六号に該当する理由不備の違法がある。

一、即ち上告人は原審の昭和三十年十月十日の第一回口頭弁論期日に昭和三十年十月八日附第一準備書面に基いて陳述したことは同日附口頭弁論調書の記載上明白なことである。

上告人は右準備書面に於て第一「訴の利益について」第二「当事者適格について」について

其の第三「申立の取下について」に於て

上告人が弁護士の意見により取下の決意など生じたものでない所以を

(一) 上告人は実父に名義を利用せられたに止まり一文の所得もないこと

(二) 従つて乙第一号証(異議申請書)甲第一号証(再調査申請書控)の原本は孰れも実父の筆になるものであり上告人が実父と相談することなく事を運んだことのないこと

(三) 弁護士である上告代理人が実父名方平二と面談したのは昭和二十八年三月二十三日であること竝に面談の内容につき主張し以て弁護士が取下の意見を出したことがなかつたこと

(四) それなるが故に右面談後で同年同月三十一日上告人実父が更に自己の資産再評価税に対する審査請求(甲第二号証)をなすと共に上告人の相続税に付重ねて精査方(甲第三号証)を求めている事実に鑑み弁護士の意見が取下の動機と無関係であることの四点に亘つて主張し更に

上告人が仮に取下の決意になつた時はその実父も取下の決意が生じた時でなければならない。仮に上告人父子が自宅で取下の決意が生じたとすれば上告人父子なれば必ずや格別の取下書をつくり其の控を取り別々の取下書を提出するであらふ。蓋し名方平二は私信にも一切控のない書類は之を提出しない程慎重な事務的半面を有する人であるからである。

旨を主張し更に上告人が取下げるとすれば実父名方平二も同時に取下げる時でなければならない。しかるに乙第二号証には名方平二の署名も捺印もない。上告人は昭和二十八年四月十六日午前午後二回税務署に出頭した事実はない。

旨を主張し更に上告人が取下げたとすれば其の旨を実父に報告せねばならないのに実父はかかる報告を受けた事実がない。右報告がなかつたから紛争が本件の様な形となつた。

旨を主張し更に

其の第四「課税事件の内容」に於て

課税事件の内容につき主張し上告人不知の間に実父に登記名義を利用せられたに過ぎないこと、上告人は売買手続に全然関与せず一文の金員を受けたものでないこと、従つてかかる立場にある上告人が容易に取下書など提出するものでないこと、上告人が相続税法第一条の「相続遺贈又は贈与に因り財産を取得した個人」に該当しない。上告人は一文の取得もないので脱税の虞もない。取下には合理的の理由が必要である。

旨を主張し更に

其の第五「予備的請求の原因」に於て

乙第二号証と乙第三号証(延納申護書)とは素人が見ても「名」と「大」とは若干相違がある様に見える。印鑑は上告人のものであるが印鑑を管理課で相当時間あづけてあつたから印鑑の同一を以て乙第二号証が真正のものとは云えない。

乙第二号証には「明石税務署長」宛の宛名もない。従つて仮に上告人が署名捺印したとしても右は上告人が納税に必要な書類と誤信してなしたものであり、其の意思表示は要素の錯誤に基き無効である。

旨主張したことは右の準備書面の記載自体から明らかである。被上告人は右主張に対し何等の認否の主張をしなかつたが上告人は右主張事実を証する為め原審に於て更に甲第九号証乃至甲第四十二号証を提出し証人名方平二上告人本人の訊問を求め証人藤井信義竝に同菅郁蔵の採用を申出たのであつた。

二、右主張事実は第一審の判決の「事実」には何等摘示されていない処であり、それは上告人の原審に於ける新しい重要な主張でありしかも右主張事実が認められるに於ては弁護士の意見が本件係争取下に無関係となり上告人が

取下の決意を抱くに至つたといふ第一審判決の判断の根本が崩解するので右主張が民事訴訟法第四百二十条第一項九号の「判決に影響を及ぼすべき重要なる事項」に該当することは誠に明らかである。

従つて原審としては右主張を判決の「業実」に摘示し「理由」に於て之に対する判断をなし以て「主文」の形成せられた所以を明らかにせねばならないことは民事訴訟法第百九十一条第一項第二項第四百二十条第一項第九号第三百九十五条第一項第六号の定める処である。

しかるに原審はこの点につき其の判決「理由」中「控訴人による本件再調査請求の取下の有無について」と題し「この点については当裁判所もまた原審と同様昭和二十八年四月十六日控訴人に於て自ら本件再調査請求の取下をなしたものと認定するのであつてその理由は左に附加して説明するところのほかすべて原判決に説示されたところと同一であるからここにこれに引用する」と説示するのみであり、附加説明事項は乙第二号証と甲第二十二号証(カルテ)に関する証拠判断に止まり右主張に関しては一顧を与えた形跡もなく従つて此の重要な主張事項に対する何等の判断を示さないのである。然して右主張事実に付いては上告人が本件記録で明らかな様に原審に於て充分の立証をなしているのであるから右主張を排斥するについては重要な証拠については証拠判断の説示をなし以て首肯するに足る理由の説示をせねばならない筈である。

しかるに原審が漫然第一審と同様の認定をなすと説示するのみでは判決に理由を附さない違法(氏事訴訟法第三百九十五条第一項第六号)があるか若しくは判断違脱の違法(民事訴訟法第四百二十条第一項第九号)がある。而しては右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので原判決は既に此の点に於て破毀を免れないものと思料する。

第二点 原判決には審理不尽理由不備の違法がある。

一、即ち原判決の引用する第一審判決の理由によれば『成立に争のない甲第一号証、第四号証の一、二、乙第一第三号証竝に印鑑が原告のものであることについては争もなく爾余の部分については証人佐々木裕の証言によつて其の成立を認められる乙第二号証及び証人佐々木裕、林弘、下里君代の各証言を綜合すれば……その後同年四月十六日に至り原告は明石税務署に自ら出頭し右佐々木係長に対し「異議申請(再調査の申立のこと)について弁護士に相談したところ弁護士は名目課税であるからやむを得ないだらふ、だからあきらめて納税した方がよいと云われたから再調査の申立は取下げる」旨申述べたこと……が認められる』趣旨の説示をなす。

二、しかしながら単に上告人不知の間に其の実父に名義を利用せられたに止まり一文の金員の取得もなく不当課税と信じ其の実父の指導の下に強固の決意を以て再調査の申立をなした上告人が百八十度の考え方を変えて不服の申立の取下をなす決意が生ずるにはそれ相当の首肯するに足る理由がなければならない筈である。特に其の課税金額が一万円や二万円の少額ではなく個人としては到底其の負担に堪えられない金百三十四万六千四百十円(尤も利子税金二十六万八千四百十円を控除するも金百七万八千円の大金であることは甲第十四号証の示す通りである)であり且つ甲第一号証の示す如く佐々木資産税係長の取下の勧告に対しても(此の事実を看過してはならない。之が乙第二号証と連らないと誰が断言出来るであらふか。佐々木資産税係長は税納即ち解決取下と考えたかどうかは別として上告人は一応の納税と取下とが全く別であることは充分知つていたことは注せねばならない処である)上告人はたとえ差押えを受けても「異議申請の撤回は致しません」と強い決意を被上告人に対し表意明していた上告人においておやである。

佐々木資産税係長は其の賦課に対し確信がなかつたから本件課税に対する不服の申立に対し或は「却下」或は「撤回」の言葉を発したであらふと推定(甲第一号証)せられるが不服の申立があればよく調査(最初から事案をよく知れる実父との面談を避けている)をなし課税すべきものは課税をなし課税すべからざるものは其の賦課を取消してこそ、公務員に対する尊敬の念も生ずる次第である。一体本件の不服の申立を取下げることにより上告人に取り如何なる利益があると云うのであらふか。理性のあり欲望のある人間の行動は一定のコースを辿るが原則であるのに本件が其の例外(自己に何等利益のない行動を取ること)であるとすれば其の例外であつたと推断すべき具体的事情が本件の記録の何処に認められるであらふか。仮に佐々木資産税係長と上告人とが立場を逆にし同係長が上告人より本件の様な無理な課税を受けたとし同係長が強固の決意の下に不服の申立をしたとき、同係長は弁護士の意見とかでたやすく不服の申立を取下げるであらふか。

三、本件記録を精査すれば明らかな様に本件に於て取下に開聯ある実質的証拠は疑問に満ち満ちている乙第二号証の存在と措信出来ない佐々木証人の供述以外には何等存しないのである。原審に於ける佐々木証人の「取下ということは考えられませんでしたがそれを急に取下げると云つて来たので取下げについての事情は判然と記憶に残つております」と云う供述と、上告人の「乙第二号証を示す私はこのような書面は全然知りません。私が署名捺印したことはありません。私が本件再調査請求を取下げるというような話を佐々木係長にした事はありません」との供述をいくら比較しても事の真相はわからない。本件は本案前の問題を別とすれば「取下げの有無」の「事実認定」の一点につきる。否認刑事事件の犯行の有無か其の犯行の動機から認定づけられる様に本件の取下げの有無は其の取下げの動機から認定づけられねばならないことは御庁が屡々説示せられる様に事実の認定は経験則の適用であるからである。右の点に関し原審の審理は尽されていない。取下げの事実が認められないとするならば別であるが取下げの事実を積極的に認定せんとするなれば刑事事件の犯行を認定せんとすると同様に上告人の心理が如何にして取下げの心に傾いたかに付納得の出来る心証が形成せらればならない筈である。

即ち弁護士とは何人なりや、弁護士が上告人に何時何処で面会し弁護士が如何なる意見乃至勧告をなした事実があるかに付心証が得られねばならない筈である。「判然と記憶に残りますが」ハツタリか否かは右の点を調べねばわからない筈である。しかし右の点を取調べれば本件に於ては到底取下げの認定は出来ない筈である。しかるに原審は一佐々木証人の単なる抽象的の供述(佐々木証人の供述に経験則を適用すれば其の供述の措信出来ないことは後記の通りである)を過信し取下げの事実を認定したことは違法である。いわんや本件に於ては後記の如く弁護士の意見が何等取下げに無関係である有力な反対証拠が存するに於ておやである。御庁は昭和二十六年(オ)第五七〇号売買代金請求事件(最高裁判所判例集第八巻第二号五〇一頁)に於て「しかるに原審は公定価格に争があるに拘らず証人の証言等により漫然公定価格違反にあらずと認定するのは違法で破毀を免れない」趣旨の説示をせられた。本件も亦同様である。(原審が取下げの心証に傾いていたとすれば何故に証人藤井信義の採用を許可しなかつたであらふか)

以下本件事案に付具体的に前記の点の審理を尽さずして措信すべからざる一証人の供述を基礎とした漫然たる取下げの認定が違法な所以を明らかにする。

四、前記の通り原審は甲第四号証の一、二をも取下認定の証拠とした。しかしながら上告人が昭和二十九年六月九日佐々木係長と面談の節乙第二号証(上告人は此の時初めて所謂取下書なるものの原本を見た)を否認したことは当事者間に争のないことである、(訴状請求原因第十二項、被上告人の一審提出答弁書第二本件の事実関係第七項昭和二十九年九月十六日口頭弁論調書、同年十月七日口頭弁論調書)而してそれは真実に合致する。しかるに甲第四号証の壱には「貴殿も本月十四、五日頃明石税務署に出署せられ該取下書を確認の上御納得下さつた旨連絡がありましたので」の記載が存する。「十四、五日頃」は「九日」の誤りである。右は佐々木係長が上告人が承認しないものを承認したと上級行政庁である大阪国税局に事実を抂げて報告したと認めるの外はない。右の点に関し佐々木証人は原審に於て取下を確認したと云ふようなことを報告しておらない旨供述するが報告しないものを国税局が前記の如く記載して通知する筈はないのである。即ち原審は佐々木証人の供述の措信出来ない趣旨の証拠を逆に取下げの証拠に採用した。右は採証の法に違背するものである。

五、本件取下げの有無に付極力争がある以上本件課税が正当であるか否かに付いても認定が必要である。若し課税が正当なれば不服の申立の取下げと云ふこともあり得るだらふし、課税が不当なれば仮に弁護士の取下げの意見があつても容易に取下げなどしない(取下げて如何なる利益があるのか不可解である)ことは経験上の法則の我々に示す処であるからである。右の意味に於て原審では前記第一準備書面で此の点に触れ且つ立証し此の点に関する原審の判断を期待したが原審は前記の通り判断を遺脱した。

右の点に関する上告人の主張は前記第一準備書面の第四「課税事件の内容」記載の通りであり右主張事実は甲第九号証(不動産売買契約書)甲第十号証(不動産抵当権設定金借用証)甲第十一号証の一(領収証)甲第十一号証の二(領収証)甲第十一号証の三(領収証)甲第十二号証の一(登記済証)甲第十二号証の二(登記済証)甲第十三号証の一(領収証)甲第十三号証の二(領収証)に甲第十九号証の一(普通預金通帳)甲第十九号証の二(普通預金通帳)甲第二十号証(領収証)甲第二十四号証(銀行証明書)甲第二十五号証(銀行証明書)乙第一号証(異議申請書)甲第一号証(再調査申請書控)甲第二号証(再評価決定課税異議申請書控)甲第三号証(手紙控)原審証人名方平二の供述(供述調書中「甲第二三号証を示す」とあるは甲第二号証甲第三号証を示すの趣旨である)原審に於ける上告人本人の供述を綜合すれば明らかなことである。

右立証に反する何等の証拠は存在しないのである。

特に甲第二十四号証によれば係争不動産の売却代金二百三十万中金二百万円は名方平二名義(上告人名義でないことに留意を頂きたい)で株式会社住友銀行豊中支店に預金せられ、ついで右預金は株式会社神戸銀行人丸支店に移され(甲第二十五号証)次いで昭和二十七年七月二十六日中百万円が引出され(甲第十九号証の一)右金員が同年十月二十日株式会社第一銀行に移され(甲第十九号証の二)ている。かくて同年十月二十五日神戸銀行より七十三万円、第一銀行より金八十万円が夫々引出され(甲第十九号証の一、二)中百五十万円が係争不動産の所有者であつた菅郁蔵に交付され(甲第十三号証の一)同年十一月七日神戸銀行から引出された金四十万円(甲第十九号証の一)は即日菅に交付されているのである。(甲第十三号証の二)右は孰れも上告人の実父名方平二のなしたことであり上告人は全然関知しなことであり上告人は一文の金を貰つたものではない。而して佐々木係長は本件課税前右預金の名義並に金銭の出入を調査し(原審佐々木証人供述)係争贈与がないことを熟知していたのであり、上告人は同係長は納得したものと信じていたのである。右事実を熟知していることが名方平二との面談を拒み、再調査の請求をなしても面談調査をしようとはせず電話で「却下」「撤回」となつて表現したと考えると行過ぎであらふか。

他方不動産関係では甲第二十三号証(登記簿謄本)により明らかな如く上告人の実父名方平二は菅郁蔵の依頼に基き上告人に図ることなく、上告人不知の間(上告人は当時明石市に住み、実父名方平二は係争不動産に居住していた。従つて売却代金は一旦大阪府豊中市の銀行に名方平二名義で預金せられたのである)昭和二十五年三月二十日同日の売買を原因とし(真実同日売買があつたものではない)上告人名義に所有権移転登記をなしたのである。右は菅郁蔵が売主阿部三郎名義にしておいては何時差押えを受けるかもしれないと不安を感じ名義の変更を名方平二(菅郁蔵の妻の実父に依頼したことに基くのである。(甲第十二号証の一、二)

特に右不動産の売却代金が名方平二名義で預金せられたことに着目せねばならない。右を昭和二十五年三月二十日上告人に対する贈与があり(甲第二十三号証)昭和二十七年五月二十三日更に上告人より実父名方平二に贈与があつたと見ることは健全な社会通念に反し倒底かかる観察が許されないことは明らかである。名方平二は上告人に贈与した事実もなければ上告人も亦受贈の意思表示をしたこともない。其処には何等の贈与が存しないのである。

「名目課税」とは如何なることを意味するかを詳にしないが売却代金を一文も入手しない上告人が相続税法第一条の「相続遺贈又は贈与により財産を取得した個人」に該当しないことは誠に明らかである。

以上の次第で上告人は係争不動産の贈与を受けたものでもなければ又その売却代金の贈与を受けたものでもない。従つて本件課税は不当である。

それ故に上告人は本件課税前佐々木資産税係長が調査の為来訪の節自分は何も知らないから実父に訊ねて貰いたいと依頼(上告人原審供述)したに拘らず佐々木係長は之を拒否した。同係長は何も大した調査もなく帰つたものである。原審で佐々木証人は右の依頼を受けたことはない趣旨の供述をなすがかかる供述が経験則上措信し難いことは余りにも明白である。

元来贈与の事実を認定する際には受贈者と贈与者の双方の訊問をなすを当然とする。従つて仮に右の依頼がなくとも佐々木係長としては、名方平二を訊ねるべきである。しかるに現実には其の事実がないのである。(原審証人名方平二、同佐々木裕供述)そして何等其の意見を聞くことなく名方平二に資産再評価税の課税決定をなしたのである。

之に対し名方平二が昭和二十八年三月三十一日審査請求をなしたこと勿論である(甲第二号証)佐々木資産税係長は何時の贈与を原因としたか不明であるが乙第三号証(延納申請書)によれば昭和二十五年六月二十日の贈与を原因としているが同日贈与があつた証拠は皆無である(佐々木係長としては登記を原因として課税したと見るべきであらふがそれなれば昭和二十五年三月二十日でなければならない筈である)かくて右審査請求を受けた大阪国税局長(但し審査請求書は佐々木係長により一年有余明石税務署に留めおかれたものである)は昭和三十年六月十五日右請求を棄却した。かくて名方平二は大阪国税局長を相手取り大阪地方裁判所に審査決定取消訴訟を(昭和三十年行第五一号)を提起した。名方平二の主張は(一)係争不動産の所有権取得の事実がない、(二)仮に然らずとするも上告人に対し係争不動産を贈与した事実がない、(三)仮に然らずとするも本件課税は資産再評価税法附則第四項適用遺脱の違法がある。大阪国税局長は右の第三の主張を認め被上告人は昭和三十年十月二十八日自ら課税決定を取消した(甲第四十二号証)ので名方平二は其の訴を取下げた。

右の次第で佐々木資産税係長の本件贈与税並に資産再評価税の課税決定は何等充分な調査がなされずして課せられた極めて社撰な課税決定であり不当である。その不当を知つている名方平二並に上告人がたやすく不服の申立の取下げなどする気持になる筈がないことは正に経験上の法則の我々に示す処である。されば佐々木資産税係長より不服の申立の却下若しくは撤回の意見を述べられても撤回しないと断呼たる決意を示した所以である。又実父が藤井弁護士と面会後たる昭和二十八年三月三十一日に於ても被上告人に対し重ねて本件贈与税に付其の精査方を求め「私共は御課税を納めねばならぬ正当の理由明白なれば私も倅も納税を否むものではありません」と決意の程を示し「正当の理由明白」でなければ後に退かない意思を表示しているの立である。更に同年四月二日には被上告人より手紙を受領(甲第三十二号証)し同月五日には重ねて手紙を差出して不服の申を維持しているのである(甲第三十三号証)更に納税当日の同年四月十六日に於ても無駄な金利を支払つて佐々木係長の攻撃に対して準備(甲第三十九号証等)して闘争意欲を堅持しているのである。取下げなど思いもよらないことである。二人共不服の申立を取下げれば其の不当な課税が確定する位のことはわかつている年輩であり且つ教養を有するものである。現に徴課は異議と納税は別であると云ふことを告げ(甲第二十一号証)異議が通れば納税した金は返えすと云ふことは徴収課が説明しているのである。(原審上告人本人供述)当弁護士も昭和二十八年三月二十三日金を貰わぬものは納められまいが納められるならば一応納めておいたらよからふ。異議が通ればお釣がついて返つてくる旨を申してあるのでかかる事を間違えることなどは絶対にあり得べきことではない。(佐々木係長が納税は即ち不服の取下の様に仕向けてくる様に考えたか否かは別問題である)しかるに原審は前記の判断遺脱が原因か何等かかる事情に付意を用いた形蹟は判決文の上からは少しも認められず漫然措信出来ない一佐々木証人の供述を過信したのは正に採証の法に違背した違法がある。

六、次に原審の認定する弁護士が取下げの意見を述べたか否か、及び仮に其の意見が述べられたとして上告人に取下げの決意が生じたか否かに付考察する。

原判決の引用する第一審判決説示の弁護士が何弁護士を意味するか明らかでないがそれは上告人訴訟代理人である当弁護士以外にはない筈である。

原審に於て佐々木証人は「控訴人は名前は忘れましたが弁護士に相談したところ」と供述(供述当時は上告人の立証が充分進んでいたことに留意)するが同証人は第一審証人として「その時(註昭和二十八年四月十六日)証人は原告から藤井と云ふ名前の入つた名刺を受取つた様に記憶しています」と供述する。上告人は第一審に於て本人として「そしてそのときに藤井弁護士から納税しなければいけないものならしといた方がよかろうと云はれたから金を持つて来たと申しましたら」と供述し原審に於て「又それ以前に父が藤井弁護士に本件課税のことを相談したら一応納める方がよいだらふと云ふ意見だつたとのことでしたから」「当日藤井弁護士又は他の弁護士に会つて意見を聞いたことはありません」「帰る時分納の領収証を藤井弁護士の名刺と共に受取つております」との趣旨の供述をしている。即ち原審の認定する「弁護士」とは上告人訴訟代理人である当弁護士を意味することが明らかな処当弁護士は上告人若しくは其の実父に本件不服の申立の取下げの意見乃至勧告をなしたことは全然ない。(右事実を証する為め藤井信義の証人申請をしたが原審は之を採用せず、しかも取下げを認定したのである)元来前記の如く本件課税は不当であり、上告人の再調査請求に対する佐々木係長の処置は非民主的である。納得づくの課税ではなくして被課税者の充分の弁明を聞かうとはせず(証人名方平二、上告人本人供述)自己の意見に従はない者には「申告指導に応じない理由」(甲第十四号証)で課税し、異議の申立(乙第一号証)をなやす本人の弁明も聞かず「却下」の内意を伝え「撤回」を勧告し「差押え」の恐威を以て取下を承認せしめんとしている(甲第一号証)実父名方平二が立腹したのも当然のことである(上告人本人供述)税務署が恐ろしい人ならば或は屈服したかもしいないが上告人父子は屈しなかつた。佐々木証人は第一審に於て「更にもう一度再調査の申立をして欲しいと申したように記憶しております」と供述するが電話の内容はメモした甲第一号証記載の通りである。「却下する」「無理に撤回しなくともよい」「税務署は差押えをする」と云ふので右を反駁して「再調査申請書」と題する書面を持参したのである。そして上告人は、はつきり「異議申請の撤回は致しません」「異議ありて申請中にても法令により行はるる差押えをすると申さるるのは致し方ありません」と甚だ割切つた断呼たる決意を述べ差押えをするなら差押えて下さいと申出ている。(右段階に於て佐々木係長が所管外の徴収課の仕事である差押えを言明するのは権限の濫用である)

元来弁護士は基本的人権を擁護し社会正義を実現するのを使命とする。されば右事情の説明を受け且上告人に一文の金員の入手がないと説明を受けた弁護士で不服の申立の取下げをせよとすすめる人は唯の一人も存在しないであらふ。

行政庁の不当な権限の行使に対し一般民衆の正当の利益を擁護し正義の実現を期する事は弁護士の崇高な職責であるからである。当弁護士もとより上告人父子に取下げの意見乃至勧告をなした覚は毛頭ないのである。一体不服の申立を取下げて上告人に如何なる利益があるのか。不可解である。弁護士はかかる不可解の行動をとらない。当弁護士は名方平二に対しよく事情を説明しなさい。話がつかねば不服申立に対し何等かの決定があるから処置すればよい。大金であるから納められねば致し方ないが納めれるならば一応納めるのは致し方ないであらふとの意見を述べたに過ぎない(名方平二供述)元来当弁護士は人間は自己の責任に於て行動すべきであると云ふ考えを有しているので当事者に対し判断に必要な資料である意見は述べるが後は当事者が自主的に行動することを期待しているのである。右の場合でも只単に意見を述べたに過ぎない。決して勧告はしていないのである。いわんや当弁護士は当時「名目課税」など云ふ言葉すら知らなかつたのである。従つて上告人が当弁護士の意見により取下げの決意などが生じる筈はないのである。本件に於て昭和二十八年三月七日上告人に課税(甲第十四号証は三月五日附であるが捺印もない)三月十七日「異議申請書」(乙第一号証)と題する再調査請求書発送、翌十八日右書面到達、同日佐々木係長と上告人との電話問答三月二十一日「再調査請求書」と題する書面(申第一号証)を提出した事実は証拠上明らかであり何等の反証がない。

しかるに右日時より二日後の昭和二十八年三月二十三日上告人の実父名方平二と当弁護士とが面会したことは甲第十八号証(裁判所書記官の記録に基く証明書)により疑問の余地がないことである。名方平二は口頭弁論期日には大概出廷しているが隅々同日が本人訊問期日であつたことは不思議な因縁であり同日の面談は動かすことの出来ないことである。当弁護士は本件課税の件に付前から相談を受けていたが(甲第一号証)が書類に基いて相談を受けたのは同日が初めてのことである(名方平二の立腹の二日後であることを考慮頂きたい)当弁護士が述べた意見の大要は前記の通りであり、もとより取下げの意見など出したことはないのである。

それなるが故に右から八日後である同年三月三十一日名方平二は自己に課せられた資産再価税に付審査の請求(甲第二号証)を為すと共に「本件贈与税事件の内容を説明すると共に更に其の精査方を求め、上告人に少しの利益があつたものではない。事実は調べて頂けば分る。部下まかせにせずよく調べて頂きたい旨を申述べ私共は御課税を納めねばならぬ正当の理由明白なれば私も倅も納税を否むものではありません」と極めて民主的に出ているのである。(甲第三号証)当弁護士の意見により取下げの決意など生じたものでないことは誠に明々白々である。右甲第三号証に対し被上告人は同年四月二日甲第三十二号証の書面を発し、事件が複雑であるから来署せられたい旨を通知したのに対し名方平二は同年四月五日病後であるから上告人方へ御足労願えないかの趣旨の手紙(甲第三十三号証は控)を発している。更に同年四月十六日の納税日に於ても金二千四十六円の無駄な金利を支払つて佐々木資産税係長の措置に対して備えていた(甲第三十九号証)ことは取下げの意思なども毛頭持つていなかつたことを有力に示すものに外ならない。(名方平二供述)当弁護士は前記三月二十三日以後四月十六日迄上告人は勿論実父名方平二に面会した覚は全然ないので当弁護士の意見が取下げに無関係なことは最早何等の疑問の余地すら存しないのである。「弁護士の意見」などは後記の諸々の事情から推断すれば全く佐々木係長の納税に便乗した創作に外ならないと断ぜざるを得ないのである。

然して右事実は前記第一準備書面で主張し且つ前記の様に立証(右立証に対する反証は何等存しないことは記録上明らかである)したので原審の右の点に対する判断を大いに期待(右主張を排斥するには首肯するに足る理由の説示を要するものと考える)したが原審はかかる点に何等意を用いなかつたか判断を遺脱しては事実の誤認も亦其の当然の帰結であり原審の認定は違法である。

七、一般に公務所公務員のなすことは正確真実であり一私人のなすことは不正確で事実と相違することが多いと考えられているが右原則には例外が存することは明らかであり本件は正しく其の例外である。前記の甲第四号証の一、二の報告は既に事実を抂げて報告がなされているのである。之に反し上告人の本訴に於ける主張は総て書類を基礎とする確実なものであり書類の裏付がある。従つて日時場所人とも誤がない。本件を指導したのは実父名方平二である処同人は手紙には総て控を取つて出す程の事務的能力を有するものである。(原審名方平二供述)名方平二が手紙並に控を取つていたが為め公正証書の贈与の記載に打ち勝つた事件がある。(原審提出昭和三十年十一月十八日附第三準備書面の第二取下書の用紙について第四項の(二)を御一読頂けば幸である)本件について見ても甲第一号証(再調査申請控、乙一は原本であるが勿論控はある)甲第二号証(異議申請控)甲第三号証(手紙控)甲第七号証(延納申請書控)甲第八号証の一(担保提供書控)甲第八号証の二(供託書控)甲第二十七号証(手紙控)甲第二十八号証(手紙控)甲第三十三号証(手紙控)甲第三十四号証(手紙控)甲第三十五号証(手紙控)は孰れも控である。又受領書類は全部保存(例えば甲第六号証)してある。電話でも重要なことは要点をメモしてある(甲第一号証、甲第二十一号証参照)従つて上告人の主張は理路整然としているのは真実に合致するからであり、被上告人申請の各証人の供述が仔細に検討すれば矛盾撞着に充ちているのとは比すべくもない。

被上告人の主張によれば上告人が弁護士の意見により自宅で取下げの決意が生じていたといふのであり、

(一) 税務署に於て佐々木係長の取下げの勧告により取下げの決意が生じたと云ふのではない。

(二) 又延納許可代償の前提として取下げたと云ふのでもない。

一審で下里証人は右の(二)の趣旨の供述をなし、あたかも取下げがあつたかの様な供述をなしているけれども原審に於て佐々木証人は延納許可と取下げとは無関係であると供述している。相互に仔細に検討すれば矛盾があると云う所以である。

仮に上告人が税務署に於て右(一)若しくは(二)の理由で取下げの決意が生じたと云ふなれば(父平二の分はどうなるであらふか、又父が一切しているものを父と相談せずして出来るであらふか。取下げなど云ふことは父と相談する余裕もない程緊急のことではない筈である)まだ乙第二号証(税務署の用紙に書き込み宛名もなく、内容は資産再評価税のことも書きながら名方平二の署名も捺印もない。しかも当時上告人が父の印鑑を持参していたことは後記の通りである。原審の認定する様に上告人方と税務署が徒歩僅か十五分であるとすれば佐々木係長は上告人をして父の署名捺印をさせてくることは易々たることであらふ)の様な形式も考えられないことはないが被上告人の主張は前記の通り、弁護士の意見により取下げの決意が生じたと云ふのであるから上告人が昭和二十八年四月十六日銀行を経て税務署に出頭する前自宅に於て取下げの決意が生じていなければならない筋合である。しかしてそれは勿論上告人父子が協議し意見の一致を前提とする。上告人の方は取下げるが実父の方は審査を維持するなどの事は本件に関する限り経験則上到底考えられないことである。特に本件に於ては上告人は何も知らず其の実父が全部を熟知しているので自ら乙第一号証も甲第一号証も自ら起案し且つ自ら筆を取つて全文を書いておるに於ておやである。従つて仮に上告人父子に於て四月十六日自宅に於て双方取下げの意思が生じたものとすれば上告人父子なれば自ら各別の取下書をつくり(不服の申立も同時に出したものでない。官庁の事務取扱のことを考えれば当事者課税内容適用法規を異にするので共通の一枚の取下書で官庁が満足する筈はない。名方平二にはそれ位の事はわかつているのである)各控を取り原本を夫々税務署に提出するであらふことは経験上の法則の我々に示す処である。平素くだらぬ私信までに控を取る名方平二が此の個人の権利義務に重大な関係のある不服の申立の取下(一体取下げて上告人父子に何の利益があると云ふのであらふか)をするに際し控も取らずに物事を処理するなどと云ふことは到底考えられないのである。仮に取下げの決意が生じたとすれば取下書は自ら作るのである。蓋し取下書などは如何なる申請の取下げであることか確認せられることが必要でありそれで足るからである。蓋し勇敢に異議申請書や再調査申請書を書く名方平二に取つては二つの取下書の作成の如きは正に一挙手一投足の労に過ぎないからである。名方父子は此の重大な権利義務に関する事項については手ぶらで出掛けて行き係長に取下げの意思表示をする様な人物ではないのである。又上告人からの取下げの意思表示を受けたと称する佐々木係長が取下書も作成せず署長室へ上告人を同道するなどのことは上下の関係のある人の通常なさない処である。しかも署長室では取下げの報告もせず(何の為めに署長室に行つたか)署長も上告人より取下げの挨拶を受けていないとあつては事の真相が何であるかは最早明白である。自宅で仮に取下げの決意が生じ、しかも取下書を持参しないならば印鑑を持参せねばならないことは明白である。原審証人佐々木裕は上告人に対し父の印鑑を持参する様申しましたと供述(実は上告人は父の印鑑を持つていたのである)するに至つては右供述は真実と相違し上告人父子が決して自宅で取下げの決意を生じたものでないこと、従つて上告人が佐々木係長に取下げる旨意思表示したものでないことを雄弁に物語るものである。上告人父子であれば乙第二号証の形態の様な取下げ方はしない。贈与税と資産再評価税の取下げを一用紙に書き、しかも署名捺印もないようなだらしのないことはなさないのである。之が経験則上認められる処である。乙第二号証の存在形態並に内容の記載こそ、正に上告人が提出したものでないことを有力に示すものである。しかるに原審が思を此の点にいたすことなく漫然取下げの事実を認定したことは経験則に違背し右認定は違法である。

八、上告人は昭和二十八年四月十六日午後三時頃実父名方平二の印鑑と同人預金通帳((甲第三十八号証(之は甲第十九号証の二と同一物である。只立証趣旨を異にする)))とを持ち、第一銀行明石支店に出頭し、名方平二の預金から金三十万円を引出し之を定期預金とし右定期預金を担保に金二千四十六円の金利を支払つて同銀行より上告人が金三十万円を三十一日間借り受けている(甲第三十六号証、甲第三十七号証、甲第三十八号証、甲第三十九号証)右は勿論上告人と名方平二と協議の上である。何故かかることをして無用の金利を支払つたのか、それは上告人は一文の金員を貰わないので勿論納税が出来ない処佐々木資産税係長が上告人の税金を実父の金で払えばまた贈与税を課すると言明していたのを知つていたからかかる方法を取つたのである(名方平二供述)即ち税務署の処置に備えていたのである。此の一事を見ても名方平二並に上告人に於て四月十六日午後三時頃(税務署出頭直前)未だ何等取下げの意思がないことが明白であり上告人が突然税務署に出頭して取下げの意思表示をする筈がないのである。蓋し税務署は一応でも納税をすれば解決と考え更に納税の財源まで探究して更に課税などをすることは通常はなさないからである。

(かかる二重課税は最初の課税そのものに無理があると考ふべきではないであらふか)現に佐々木係長も一応納税するや、課税そのものに無理があるのを知つていたためか、利子税金二十万余円については一応の納税免除の公庄署長の免除の意見に賛成で(後日上告人は差押えを受けたので、一応の納税をした)之を徴収すべしと云う下里管理係長と電話でやりとりしているのである(原審佐々木証人供述同上告人本人供述)従つて名方平二父子としては一応の納税は止むを得ないが、不服の申立はあくまで維持する腹があつたればこそ金二千四十六円の無駄な金利(甲第三十九号証)を支払つても後日に備えていたのである。仮に名方父子が当時取下げの決意を抱いていたとすれば総ては終局の解決(屈服)であるので今更かかる無駄な処置は取らないであらふことは前記の通りであるからである。しかし此の処置は今となれば決して無駄ではなかつた。之も何等かの因縁である。それは上告人が父平二の印鑑を所持して明石税務署に出頭していたことを証明出来るからである。従つて佐々木証人が上告人に対し父平二の分の不服申立も取下げるかと聞き父平二の印鑑を持つてくる様申しましたとの第一審並に原審の供述は虚偽であると謂はざるを得ない。蓋し印鑑持参の上告人が印鑑を持つて居らない旨虚偽の申立をなしたと認めるべき格段の事情は何等存しないからである(名方平二、上告人供述)

右事実から見ても佐々木証人の取下げの供述は双方とも措信出来ないことは経験上明らかなことであり、乙第二号証は決して真正に成立した文書ではないのである。右事実からも明らかな様に上告人父子は昭和二十八年四月十六日に於ても不服申立取下げの意思は毛頭有しなかつたものであり従つて弁護士の意見で取下の決意が生じたものでないことも亦明らかである。

しかるに原審が思を此の点に至すことなく漫然取下げの事実を認定したことは経験則に違背するものであり違法である。

九、昭和二十九年一月十九日上告人父子が大阪国税局に出頭したこと、並に同年同月三十一日大阪国税局協議団に一件書類写を送つたことは当事者に争がない。(訴状並に一審答弁書、前記口答弁論調書)

仮りに上告人父子が被上告人主張の様に納得(自発的の意味)の上不服申立の取下げをなしたなれば紛争が起る余地がない。上告人は昭和二十八年四月十六日午後銀行で特定数額の小切手を作成して貰い(甲第十六号証)之を税務署に持参して延納手続を完了し延納申請書控(甲第七号証)を持ち帰宅し父平二に其の旨を報告した。当日は唯それだけであり取下げの「と」の字の話もあつたものではない。しかるに翌十七日になり下里管理係長より電話があり、利子税納付の件の話があり同係長と佐々木係長との間に電話のやりとりがあつたことは明白である(原審佐々木証人、上告人本人供述)原審証人公庄署長は利子税は最初から徴収の方針であつた旨供述するが利子税は十六日には納付していないのである。

仮に佐々木証人の供述する様に上告人に対し父平二の印鑑を持参する様申したとするならば利子税の件で佐々木係長は下里係長とやりとりするは別として取下書の完結これ緊要事でなければならない。否上告人方には電話があるので(甲第二十一号証、甲第一号証)電話一本で印鑑は持参せしめることが出来た筈である。又文書で通告するも可であり訪問するも可であらふ。しかし之等の方法をいくら取つても上告人父子に取下げの意思など毛頭なかつたから印鑑を持参せねば署名捺印もしないのである。佐々木係長として右の方法を構じて取下書完結の努力の跡は全然認められないのに父平二の審査請求を大阪国税局に送付の手続も取つてないのである。右は佐々木証人の印鑑持参の供述が全く虚偽であることに基くと断定せられからである。

上告人父子としては大阪国税局から何等かの決定(佐々木係長が異議申請却下を申したので再調査申請書を提出したが之は宛名を誰にすべきか不明であつたので上告人が之を税務署に持参し訊ねた処被上告人で宜敷しいとの事であつたので提出したのである。)があるものとして待つていたのである。佐々木証人は四月十六日以後上告人に面会したことはないと供述するが上告人が父の命により折々佐々木係長に聞きに入つた処一寸待てとの事(結局時をかせいでいたものとしか思はれない)であつたことは上告人並に名方平二が原審で供述する通りである。しかるに佐々木係長は只待てといふだけで全然埓があかないので上告人父子は直接大阪国税局に出頭した処両事件とも全然大阪国税局に移つていなかつたのである。そこで国税局協議官に事情を話をすると詳しい一切の書類を出せとの話であり同月三十一日一切の書類(控が全部あるから作られる)をタイプに打ち提出したことは前記の通り当事者に争がない処である。

かくて大阪国税局協議団の調査となり名方平二は昭和二十九年五月十七日岡田文雄協議官から初めて取下書の存在する旨を告げられたので同人は即座にそんなことはない旨を告げた。

(甲第二十六号証、甲第二十七号証、甲第二十八号証名方平二供述)右日時まで上告人父子は取下げの「と」の字も考えたことはなく、只管何等かの決定があるものと期待していたのである。(本件記録の如何なる部分を精査しても上告人の右の主張を疑はしめる証拠は皆無である。事実取下げていないのであるから取下げを推断せる証拠がないのが当然である)かくて岡田協議官の仲介により上告人は昭和二十九年六月九日税務署で取下書なるものの原本を見たがもとより身に覚のないことであるので之を否認したことは当事者間争のないことである。岡田協議官は本案に付審査する様話をしておくからとのことであつたが佐々木係長のいれる処とならず遂に本訴となつたものである。原審に於て佐々木証人は同協議官よりかかる話は聞いたことはない旨供述するが本訴の提起の遅れた原因は何処にあるか。経験則上同協議官が上告人父子に虚偽のことを告げていたものとは到底考えられない。

上告人父子が取下問題を知つたのは右の通りであり之は何を物語るものであらふか。知つた時には不服申立の日より既に一年有余を経過していた。上告人父子は行政庁の善意を信じた。しかるに其の期待は完全に裏切られた。原判決は理由中、直接課税処分取消訴訟が出来る旨説示するが本件に関する限りそれは出来ない。それは相続税法第四十七条第三項の九ケ月不変期間を徒過していたからである。上告人父子が佐々木係長は訴訟期間の徒過を待つていたのではないかと疑つたとしても非難する訳にはゆかないのである。

右の次第に付原審は有効な取下げを認定するが然らば上告人父子が遂に待ち切れなくなつて昭和二十九年一月十九日大阪国税局に出頭した事実並に同年五月十七日初めて所謂取下書なるものの存在を告げられた事実を如何に解したであらふか。前の事実は当事者間争なく後の事実は何等の反証の存しない処である。昭和二十八年四月十六日以降本訴の提起に至る迄上告人父子が再調査請求の維持と矛盾する如何なる行動を取つた事実があるのか、若しくは之を推断するに足る如何なる証拠が存在するのか。それは本件記録を精査しても遂に之を発見することは断じて出来ないのである。従つて取下げと矛盾する前記二つの事実を一応自発的に取下げながら其の後心境に変化を生じて(かかる証拠は皆無である)取下げがないかの様に偽装したのだと見ることは思惟の過程が極めて不自然である。前記事実の存すること自体、有効な取下げがなかつたのではないかと考察することが経験則上当然のことである。しかるに原審がかかる点に思を致した形蹟は少くとも判決からは全然伺はれないのである。判決主文は事情に亘る事実とも一切矛盾なく説明のつく結論でなくてはならないのは裁判の性質上当然のことである。しかるに原審が極めて限定された視野からのみ事物を考察し、証拠を形式上に判断し上告人が原審に於て事実認定が経験則に基かねばならない所以を力説強調したるに拘らず之を一蹴し漫然「爾余の証拠によつては到底前示認定を覆えすに足りない」と説示せられるも右説示の前提である取下げの認定は経験則に違背する原審の独自の見解にしか過ぎなく右認定は違法である。

十 以上の次第で弁護士の意見で取下げたと云ふ被上告人の主張はたやすく信用が出来ない筈である。

本件課税が失当で上告人には一文の金員の入手もないので経験則上上告人父子には容易に取下げの決意など生ずるものでないこと、弁護士である当代理人が取下げの意見を述べたものでないこと、徒つて当弁護士と面談後も上告人父子は不服申立の強い決意を有していたこと、名方平二は極めて慎重な事務的能力を有するので控も取らず乙第二号証の様な不可解の形式の取下書などは提出するものでないこと、上告人が昭和二十八年四月十六日税務署出頭の直前に於てもなお取下げの意思がなかつたことは父平二の預金を担保に上告人が無駄な金利を支払つてまで金を借り佐々木係長の処置に対し準備していたことより明らかなこと、上告人に父の印鑑を持参する様申した旨の佐々木証人の供述は虚偽であること、仮りに取下げたものなれば何の用があつて上告人父子が大阪国税局に出頭するかであること、上告人父子は昭和二十九年五月十七日告げられるまで取下の「と」の字も知らなかつたこと。

以上の事実は原審提出の経験則を適用すれば極めて明らかであり之を覆えす反証は存しないのである。公務員のなすことは一切不法はないと即断すべきではない。特に佐々木係長が本件に於て如何なる意図乃至方法で上告人父子に対して来たかは前記記載から極めて明らかである。乙第二号証の信用出来ないことは後記の通りであり、佐々木証人等の供述の措信出来ないことは供述を仔細に検討し、之に経験則を適用すれば問題の余地のないことである。原審は宣敷しく第一審判決を取消し有効な取下げは認められない旨の判決をなすべきであつた。

仮に取下げがなかつたことに付若干の疑問があつたとすれば更に課税内容は正当か不当か、弁護士は何人なりや、弁護士が何時何処で誰に対し如何なる意見を述べたか、其の意見が原因となり上告人が取下げの決意を抱くに至つた事実があつたか否か等の所謂取下げの動機に付更に詳細な取調べをなし、上告人父子の心が強固な反対の決意から取下げの決意に変つた点に付首肯するに足る心証が得らねばならないことは自明のことである。前記の如く有力な反証がある以上、漫然措信出来ない一証人の供述を基礎とし前記の取調べなすことなく、漫然取下げの事実を認定するは違法である。(上告人の原審に於ける主張を排斥するに付いては首肯するに足る理由の説示を要するに論旨第一点記載の如く判断を遺脱し前記の点に思をいたした形蹟は全然認められない)即ち原審が漫然取下げの事実を認定したことは正に審理不尽、理由不備の違法があるものであり右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので原判決はこの点に於ても破毀を免れないものと思料する。

第三点 原判決は経験則に違背して事実を認定した違法がある。

一、原判決は其の理由に於て

「三控訴人による本件再調査請求の取下の有無について」

右の点については取下があると認定し、其の理由は第一審判決の理由を引用し左の二点を附加するとの説示をなす。

右附加事項は

一は鑑定人井上直弘、同米田米吉の鑑定の結果の援用である。

二は午前中取下手続に出頭する時間が全然なかつたものとは断定し得ない。

といふのである。

二、しかしながら前記午前中税務署出頭の如き認定は取下の有無に取つては全く枝葉末節の問題にしか過ぎないのである。蓋し上告人が昭和二十八年四月十六日明石税務署に出頭し延納手続をなしたことは午前午後は別として当事者間に争のない事項であるからである。午前中出頭したならば取下手続、午後に出頭したなれば延納手続と云ふ区別があるなれば原審の説示も或は意味があるかも知れないが左様な区別は全然存するものではない。上告人は原審の説示する様に「取下手続」のため税務署に出頭したものではない。上告理由第二点で説明した様に上告人に自宅に於て取下の決意が生じた理由もなければ、上告人で自宅で取下の決意が仮に生じたものなれば、上告人父子は取下書を二通作り各々其の控を取り原本を以て出頭するのであり、仮りに原本を持たず出頭するなれば印鑑を持参せねばならないことは取下手続の性質上明らかであらふ。しかるに佐々木証人の供述によれば上告人は父平二の印鑑を持つていなかつたので乙第二号証に名方平二の記名も捺印もないのだと供述する。しかし上告人が父平二の印鑑を持つて税務署に出頭したことは前記の通りであるがそれは取下手続のため持参したのではなく銀行で父平二の預金を引出す目的の為め持参したに過ぎないからである。上告人が原審に於て甲第二十二号証(カルテ)を提出したのは佐々木証人が午前九時頃出頭したと供述したのでその供述の措信出来ない反証として提出したものである。決して上告人の午前中に於ける税務署に於けるアリバイの立証の為めではないので原審の時間がある旨の説示は全く失当である。

三、原審に於ける右説示は佐々木証人と下里証人の各供述を根拠にするものである。しかしながら右両証人の供述は以下の理由により全く措信し難いものである。

下里証人は上告人が昭和二十八年四月十六日午前午後二回来署した旨の供述をなす。しかしながら右の如き事実は佐々木証人林証人名方平二証人竝に上告人本人の供述しない処でありまた二回来署したと推断せられる供述部分も見出せない。否佐々木証人の供述からは明らかに一回しか過ぎない。

上告人の原審に於ける主張は上告人は昭和二十八年四月十日税務署に出頭し延納の上分割納税に関する内諾を得、第一回納税額を知り、同月十六日午後三時頃第一銀行明石支店に出頭し特定数額の小切手を作つて貰ひついで税務署に出頭したと云ふのである。右事実は甲、第二十一号証(メモ)、甲第六号証(税額計算メモ)証人名方平二、上告人本人の供述により明らかである。

之に対し下里証人は一審証人として明らかに取下があつたから延納が出来ないかと署長にたづねられた旨供述し取下と延納許可とを結びつけんとしているのである。乙第二号証の存在は何も有効な取下があつたことにならないのに下里証人は前記の如く供述し以て取下を前提とする様に意図せんとしているのである。右の意慾の下に於ては上告人が昭和二十八年四月十六日特定数額の小切手を以て納税してゐるので(此の事実は争ふ余地がない)同日一回出頭では都合が悪いのである。四月十日延納内諾では都合が悪いのである。

即ち上告人が四月十六日出頭取下した。取下したから延納が許可出来ないかであり、延納が許可されて直に特定数額の小切手は納入出来ないので一日二回出頭論が飛び出してくる経過を看過してはならない。かくて原審が午前中の「取下手続」と認定するのである。しかしながら

(一) 甲第六号中「28.4.16 延納申請書提出スレバ」の仮定形を看過してはならない。仮に延納許可が四月十六日であれば「提出スルノデ」なければならない。否四月十六日であれば延納申請をするのであるから右の如きことは不要である。蓋し延納申請を前提とする数字の計算であるからである。

右は上告人の供述する様に四月十日のことである。右は甲第二十一号証(メモ)からも伺はれる如く、四月七日徴収課は上告人の来署を求めているのである。徴収課の徴収催促のことは佐々木証人も認める処であり四月十六日が納期限(甲第十五号証)であるので一般経験則上も認められる。上告人は四月十日税務署に出頭し署長室で署長下里管理係長佐々木資産税係長と面談し署長より延納の内諾を得、署長室より管理課室に赴き細い数字の計算の説明を受けたのが甲第六号証である。それなるが故に「延納申請書提出スレバ」であるのである。

(二) 上告人のため延納竝に納税手続をしてくれた林証人(下里係長の部下)は決して二回出頭したとは供述していないのである。

(三) 一審下里証人は自分が一番先に署長室から出ついで上告人が出て来たと供述しているが右は四月十六日の事ではなくて四月十日の事である。佐々木係長が四月十六日上告人を同道して署長室に行つた時には原審証人佐々木裕係長の明白に供述する如く下里係長はいなかつたのである。署長室に行つたのは単純な納税の挨拶のためであるので時間も僅一、二分であり、納税挨拶のためには署長は下里係長を必要としないのである。(佐々木証人も三分程と供述する)

(四) 仮に上告人が午前取下手続に来り、其の節佐々木係長が平二の印鑑を持つてくる様言つたとするなれば午后上告人が第一銀行明石支店で平二の預金引出に平二の印鑑を支用し小切手竝に印鑑所持の上告人が乙第二号証に平二の捺印をしなかつた理由は遂に之を解くことが出来ない。

(五) 佐々木証人の午前九時頃との供述は何等の根拠のないものである。

四、右の通り下里証人の午前、午後二回出頭論の如きは何等の根拠のないことであり、或る意慾の下の供述であるのでたやすく措信し難い筈である。それが為に四月十日との事を混同供述している。原審は前記の如く上告人の午前出頭を認定しているが右認定は左記理由により到底承腹し難い。

(一) 上告人に於て取下の決意が生じたものでないから取下の為め出頭する理由がない。矛盾に充ち充ちた証人の供述よりも経験則に基き取下決意が生じたか否かをまず判断すべきである。同日納期限の最終日であるので仮に取下の決意が生じていたとすれば延納手続の節に一諸に取下げればよいので原審の認定する様に「取下手続」の為め態々出頭する必要がない。

(二) 下里、佐々木両証人の供述は前記の通り措信し難い。

(三) 医師歯科医師の如き職業人は午前宅診午後往診又は外出雑用をなすのは公知の事実である。特に上告人は単純な歯科医師でなく口腔外科の手術をなすのである。

(四) 甲第二十二号証(カルテ)の備考欄には「当日午後に到り出血があり往診を求めらるるも不在の為め」の記載がある。右不在は銀行及び税務署出頭の為めの不在がある。宮内サダ子は偶々生活保護の適用を受けていた人であるので右備考欄記載事実は明石市役所民生課保存の「歯科診療報酬請求明細書」にも其の記載がある。上告人方の患者は宮内サダ子一人には止まらないのである。

(五) 上告人が昭和二十八年四月十六日第一銀行明石支店で父平二の預金から金三十万円を引出していることは前記の通りである。(明石支店は其の後廃止となり神戸支店で事務引継をなす。甲第三十六号証等銀行証明書参照)右引出の通帳(甲第三十八号証)には四月十六日附ではなく四月十七日附となつている事実を看過出来ない。右は上告人の銀行出頭時間が寧ろ銀行締切時間(午後三時)後でなかつたかと推定するを当然とする。銀行は締切後毎日の集計をなすのである。

以上の次第であり佐々木証人の「午前九時過」出頭した旨の供述の如きは何等の根拠のないものである。銀行開始時間が午前九時であることは公知である処上告人は現金で納税しているのではない(甲第十六号証)下里証人に至つては前記の通り特殊の意慾(取下と延納許可との関係)の下の供述であるので(被上告人も十日に上告人が取下を申出でたとは主張しない)特定数額の小切手から考へて一日二回論を展開したものであり、右は一審に於ける同人の供述の形態を仔細に考へれば容易に判明する。佐々木証人も林証人もかかることは決して供述しないのである。上告人の四月十日延納内諾(納期限の四月十六日に全額百万円以上納めるのではない)四月十六日午後四時頃税務署出頭の幾多の書証(証人の供述の様に喰違いはない)に基礎を有する理路整然たる主張と比すべくもない。原審が考慮を取下の動機等の根本問題に置くことなく、各証人の供述間の矛盾、書証の矛盾を仔細に批判観察することなく漫然「上告人が同日午前中に税務署へ出頭して取下手続をする時間が全然なかつたものとは断定し得ない」と説示するは正に経験則を無視して事実を認定した違法がある。

五、次に鑑定に付考察する。甲第十七号証の一、二が夫々乙第二号証乙第三号証の各一部を拡大した写真であることは当事者間争がない(昭和三十一年十一月十八日口頭弁論調書)少しく批判力のある人なれば甲第十七号証の一、二の「名方大介」の各文字が同一人の筆蹟と判断する人はまづないであらふ。現に上告人の父竝に上告人訴訟代理人が専門家に準ずべき人々、即ち書画骨董商、広告図案書業者書道教師等の人々に付「何等の予備知識を与ふることなく」卒直に甲第十七号証の一、二に付夫れが同一人の筆蹟であるか若しくは似せて書いたものであるかに付意見を求めた処孰れも其の筆蹟の差異を指摘して同一人の筆蹟でないと断定したのである。

六、然るに原審に於ける井上直弘鑑定人は乙第二号証竝に乙第三号証の各指定文字について「各文字の用筆結構筆勢、線質筆脈等すべて一致す」との理由に基いて「鑑定事項の文字の筆蹟は同一と認める」と断ぜられ、

米田米吉鑑定人は乙第二号証の指定文字は「文字数が限定せられているので特別な所見を得ることは困難であるが一応筆者の特に作為的な筆法とは考へ難く卒意なるままの書と認めるが妥当であらふ」、との前提の下に乙第二号証、乙第三号証の各指定文字には類似筆法が高度に出現しているので「本件資料範囲に於ては」本件鑑定事項の筆蹟は「同一と推定する」と断ぜられる。

しかしながら似せて書く機会のあつた本件事案に於ては井上鑑定人様な理由では其の鑑定の根拠極めて簿弱(外面的類似にも拘らず内面的相違の有無に付何等触れる処がない。似せて書けば外面的に似るのは当然である)であるといはねばならないし米田鑑定人の鑑定については鑑定方法の説明から其の結論に至つた具体的理由の説明が全然存しないので判断に何等客観性が存しないのである。有価証券から紙幣まで巧妙に偽造する者すらある今日文字を似せて書く位は左程困難でない事に思をはする時前記両鑑定の鑑定の結果の如きは其の根拠極めて薄弱なるにより証拠価値上何等の重要性を有するものではない。否むしろ左記理由(其の理由の詳細は上告人が原審に提出した昭和三十一年四月二十日附の第五準備書面に於て各文字毎に主張してあるので御一読頂けば誠に幸である)により右鑑定は本件に表はれた一切の証拠資料の上から見て誤であると考へる。

現に乙第二号証甲(第十七号証の一)乙第三号証(甲第十七号証の二)を一見するだけでも次の事項は具体的に明らかである。乙第二号証の「拾六」の文字中特に「拾」は筆太く書かれてあるに反し「介」の字は実に泣入りそうな字である。同一人が同一の日時に同一の気持で書いておるのに何故にかかる差異が生じるか。乙第三号の上告人の筆蹟にはかかる変化は全然認められないのである。乙第三号証の指定文字は何の屈託もなくすらすらと書かれてあるに反し乙第二号証の指定文字は変に緊張して大事を取つて書いたものであることは到定否底出来ない。特に第二号証の「大」の字の第三がふるえたり「介」の字の各画の終点にインキがたまつたりしているのは寧ろ意識的な文字と見るを妥当とする筈である。何人に取つても乙第二号証乙第三号証の各指定文字の筆勢の相違、力の入れ具合、はね具合などは全然相違していることは到底否定すべきもない。

それ故に両鑑定人の鑑定の結果に承腹し難い上告人は両鑑定人を証人として申請し、更に甲第十七号証の一、二に付再鑑定を求めた。(前記鑑定の場合は乙第三号証の指定文字が上告人の筆蹟であることを承知して鑑定がなされている)原審は再鑑定を採用したが(昭和三十一年二月四日口頭弁論調書)税務署長が当事者であるといふことを知ると忽ちにして鑑定人が辞退し誰も鑑定をなす人がないと非公式の通達があつた(そんな人に鑑定して貰うなら初めから鑑定などしない方がよい)ので鑑定がなくとも動かすことの出来ない証拠があると信じたので鑑定の申出を撤回したのであつた。

右の様な鑑定などはしない方がましである。鑑定にも屡々誤のあることは顕著であり鑑定は決して証拠の王者ではない。御庁は昭和二十七年(オ)第六〇一号選挙無効確認請求事件に於て「……放置せられたもの」と認定することは推理の過程に飛躍があつて所論の指摘する如く経験則上かかる認定を是認することは出来ない」旨説示する。又昭和三十年(オ)第九五号遺言無効確認等請求事件に於て「……事実関係の存否は経験則の適用によつて確定されるのであり」と説示する。本件に表はれた前記一切の事情竝に証拠に後記一切の事情竝に証拠を綜合し之に経験則を適用すれば乙第二号証は正に偽造文書と認むべきである。

しかるに原審が思をこの点に致すことなく真正に成立しない文書や、矛盾にみちみちた供述を何等批判することなく其の儘措信し漫然取下の事実を認定したことは経験則に違背して事実を認定した違法があり右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので原判決はまたこの点に於ても破毀を免れないものと思料する。

第四点 原判決は経験則に違背して事実を認定した違法がある。

一、原判決の引用する第一審判決理由によれば「……だからあきらめて納税した方がよいと云われたから再調査の申立は取下げる旨を述べたこと、しかしながらその当時原告の方から右佐々木係長のところにタイプで打つた書面でもう一度再調査をしてほしい旨の書類がきており、且つ署長からももう一度よく調査するようにと云はれていたので佐々木係長はそのまま原告を同行して署長室のところに案内し署長と面談せしめたが右面談終了後、原告は本件贈与税について延納の手続を取つた上再び佐々木係長のもとに来て同人の面談で「再調査請求等取下げについて」と題する書面(乙第二号証)に自ら日附を書き入れ且つ署名捺印をした上これを提出したことがそれぞれ認められる」と説示する。

二、しかしながら上告人父子が昭和二十八年四月十六日自宅に於て取下の意思決定をしたものでないことは本理由書第二点に於て詳細説明した通りである、従つて上告人が佐々木係長に対し突然(佐々木係長も証人として上告人の不服申立の時の状況から見て取下げるなどは考へられなかつたと供述する)弁護士の意見に基いて取下げますと申出る筈はないのである。のみならず前記説示には思惟の飛躍がある。即ち「あきらめて」「納税した方がよい」「再調査申立は取下げる」には連絡がない。納税は何も再調査の取下を意味しない。当代理人はもとより徴収課も納税と課税に対する不服の申立が全く別物であることはよく知らされているので上告人父子がかかる事を間違へることはあり得ないのである。特に徴収課は異議が通れば返へすから一応納めて貰はねば困ると云うので昭和二十八年四月十日(十六日ではない)税務署に出頭して分割納税の内諾並に第一回納付金額を知り(甲第六号証)上告人は帰宅したのである。(上告人本人供述)右説示は佐々木証人の虚偽の供述を鵜呑みにするからかかる経験則違背の事実認定をなすのである。佐々木係長が課税の段階に於て既に差押を告げていた(甲第一号証)と繋りがないとは云へない筈である。

仮りに百歩を譲つて上告人父子が自宅で取下の決意となつたならば取下書を二通自ら作り其の各控を取り原本を持参するであらうことは上告人父子の従来の行動(私文書、手紙にも控を取る、)から当然の結論である。決して乙第二号証の様なしり切れとんぼのようなことはしないのである。又金二千四十六円の無駄な金利を支払つて銀行から金を借りたりなどしないのである。佐々木係長の申す様に取下書を持たず且つ父の印鑑も持たず(実は持つていたことは前記の通り、預金引出のため)取下手続に出頭などしないのである。

以上は経験上の法則が我々に示す処であるのに原審は一切右の経験則を無視して事実を認定した。

三、公庄署長も昭和二十八年四月十六日当時上告人竝に其の実父名方平二より各課税に対し異議申請のあつたことはよく知つていた処である。それは甲第二号証、甲第三号証に対し甲第三十二号証を差出し甲第三十三号証(手紙控)の原本を受取つているからである。公庄証人は原審に於て「控訴人から異議申請が出たか。出ました。乙第一号証を示す。証人は之を見たことがあるか。あります」と供述し、原審佐々木証人は「控訴人の本件異議申立のあつたことは公庄署長も知つていたと思ひます」と供述する。右書証と供述を綜合すれば公庄署長が昭和二十八年四月十六日当時尠くとも上告人からの異議申請が出ていたことを知つていたことは動かすことの出来ない事実である。之が第一の点である。右の点については原審も前記の通り説示する((但しタイプで打つた書面はない。上告人の方には全部控があるから控のない書面は出していない。右の書面が書証として提出(上告人は出してない、従つて控もないから出しようがない)されても上告人には何の不利もない。佐々木証人の誤れる供述は其の儘採用するから事実を誤認するのである。))

次に上告人が昭和二十八年四月十六日明石税務署に出頭したこと、上告人が最先に佐々木係長に面会したこと、ついで佐々木係長が上告人を同道して署長室に行つたこと、二人が公庄署長と面談したこと、右面談が短時間であつたこと、竝に面談のとき下里係長が署長室におらなかつたことは原審竝に一審証人佐々木裕竝に上告人の原審並に一審供述から見て誤りないこと信ずる。原審も前記の通り最後の二つの事実を除いては之を認め前記の通り説示する。之が第二の点である。

次に公庄署長が上告人の異議申立について気をつかつていたこと、前記署長室で佐々木係長は公庄署長に取下の報告をしなかつたこと、竝に公庄署長が取下の話を最先に聞いたのは上告人からではなく佐々木係長からであることは原審佐々木証人の供述する処であり何等の反証はない。即ち原審証人佐々木裕は裁判長の訊問に対し「それで本件については署長もタイプで印刷された控訴人の書類を見て気を使つておられるので挨拶に控訴人を連れて行きました」「公庄署長の前で取下すると云う話は聞きませんでした」と供送し原審証人公庄弘は「証人は控訴人から異議申請が出たのをいつ聞いたか。はつきりした記憶はありません。それから控訴人が異議申請を取上げた事は聞いたか。聞きました。誰から聞いたか。佐々木係長から最初聞きました」と供送する、右が第三の点である。

次に上告人から直接所謂取下なる言葉を聞いたというのは佐々木証人のみである、右に本件証拠上明らかである。前記の通り公庄証人も佐々木係長よりの伝間証言である。下里係長も林事務官も上告人よりは直接何等聞いていないのである。第一審証人林弘は「しかし其の後私はこの申請の件について名方の自宅へ行つて会つたことが一度あります」と供述するが林証人は伝聞でも取下のことは一言も供述しないのである。上告人父子が所謂取下のことを初めて知つたのは前記の通り昭和二九年五月十七日であり真実取下げてはおらないので取下を申す筈はないのである。下里証人は取下の存在をにほわす様延納許可と結びつけるが上告人からは何等聞いていないのである。特に注目せねばならないことは被上告人の主張は所謂取下げておいて延納の手続をしたというのであり佐々木証人も右に符号する供述をする。(原審が延納手続後取下げた旨の認定は虚無の証拠に基く事実認定である)しかし延納手続に約三、四十分間の時間を要し、納付手続に約十分を要したと云うことは林証人の供述する処であり、右三、四十分間「名方はその間下里管理係長の机の横で同係長と何か話込んでおりました。しかし勿論私は其の話の内容については何も知りません」と云うのは同証人の供述する処である。又原審証人下里君代は「乙第三号証の書類作成には主として林があたつたがその時名方は証人と話をしていたのではないか。税額の計算をする時私と名方さんと話をしておりました」と供述する。即ち取下後延納手続をしたと云うのであり其の延納手続約三、四十分間上告人は下里係長と話込んでおるのに下里係長が上告人より所謂取下の話を全然聞かなかつたと云うのは取下がそれ程秘密事項であるのか実に奇々怪々といわねばならない。同係長は署長より聞いたと云うのであり、上告人よりは取下の「と」の字も聞いていないのである。前記事実は極めて注目すべき事であり結局佐々木係長以外は何人も直接上告人より取下の話を聞いた者がいないことである右が第四の点である。

次に原審証人下里君代は「証人は署長から延納の話を聞いた時控訴人が再調査の請求を取下げた事を聞いたか。はい同時に聞きました」と供述する。第一審証人佐々木裕は「上告人が取下ると云うたので上告人を同道署長室に至り、三分程して階下に下り、二、三十分程して上告人が階下に降り乙第二号証に署名捺印しついで延納の事を聞いた」趣旨の供述をなす。

しかし前記署長室では取下の話がなかつたことは原審証人佐々木裕の供述する処であるので署長は取下の話は知らないのである。下里証人の供述は前記の通り四月十日の事と四月十六日の事を特殊の目的から混同しているのである。此が第五の点である。

四、以上第一の点乃至第五の点は矛盾なく説明が出来るのであろうか。上告人が佐々木係長に対し弁護士の意見に基き取下書も持たず取下げますと申出でる筈がないことは前記の通りである。仮に百歩を譲り右申出があつたとすれば取下書を作成させ(取下書の作成の如きは一挙手一投足の労であることは公知の事実である)右取下書を持参し上告人を同道して署長室に至り取下の事実を取下書を示して報告すると共に上告人も亦同署長に取下の挨拶をするは世間に通常見られる現象である。特に前記の如く署長が上告人の異議申請を見て気を使うておられた場合に於ておやである。しかるに佐々木係長は署長に取下の報告をせず上告人も亦署長に取下の挨拶をせず(佐々木証人は取下の話を聞かなかつた旨供述する)署長も上告人から取下のことを聞いていないのである。しからば一体二人は何が為めに署長室に行つたのか不可解千万であるといわねばならない。一審証人佐々木裕は署長室にいたのは三分間位である旨の供述をなし上告人は一、二分間であつた旨供述する、署長室滞在時間が極めて短時間であつたことは明らかであり、佐々木証人の供述によれば右署長室には下里係長はいなかつたのである。署長は一体何時佐々木係長より所謂取下の話を聞き、署長は何時取下げたから延納許可が出来んかとたづねたのか。之また不可解である。

以上の次第で署長室で取下の話のなかつたこと、公庄署長室で上告人は勿論佐々木係長より何等取下の話を聞かなかつたことは極めて明白であり此の署長室の話の内容こそ取下の有無を決定づるキイポイントである。

実は佐々木係長に対し上告人は何も取下の意思表示をしたことは無いのである。上告人は昭和二十八年四月十六日午後四時頃第一銀行明石支店で作成の金三十万一千七百五十円の小切手(甲第十六号証)、父平二の印鑑(預金引出に使用したもの)藤井弁護士の名刺を持参し、佐々木係長の処に出頭したのである。(上告人が四月十日に税務署に出頭したのは徴収課が来署せよと云うので出頭したのである。甲第二十一号証参照)そして藤井弁護士に相談したら納めておいたらよからうと云うので納税に来たと其の名刺を同係長に差出して納税の挨拶をした。(佐々木証人は納税を取下とからませて取下の動機にしているのである)佐々木係長としては一応でも納税があれば税務署としては一応解決(原審証人公庄弘の「此の事件は解決したと佐々木君がいいました」との供述参照)であるので上告人を同道して署長室に赴いたのである。佐々木係長としては寧ろ得意の場面であつたと推察する。かくて納税の挨拶をすれば同署長は「其の弁護士は話のわかる弁護士だなあ。御苦労さん」(「私は御苦労さんと言つただけです」との原審証人公庄弘供述参照)と申した程度で同係長と上告人とは署長室を辞去(それなるが故に時間は一、二分である。長くて三分とかからない)し隣室の管理室に二人で赴き、延納手続に入つたのである。佐々木係長が管理課室に居たことのあることは林証人の供述(下里証人佐々木証人は否定するが税務署の林証人が居らぬものを居たと供述する訳はない。佐々木証人下里証人は事実をありのまま供述したものではない)する通りであり、延納手続中居なくなつたことは上告人の供述する通りである。右が公庄署長室を中心とする四月十六日の実際の出来事であり右事実は上告人提出の一切の書証並に証人名方平二、並に上告人本人の供述に経験則を適用すれば極めて明白なことである。従つて署長室で取下の話のなかつたことは正に佐々木証人の供述する通りであり、取下の事実がないので上告人より直接取下の話を聞いた者のいない事は前記の通りである。佐々木係長も実は全然聞いていないのである。

本件課税が不当なことは佐々木係長も承知していたのである。(昭和二十八年二月十六日佐々木係長が調査の為来訪の節上告人が受贈者でないことはわかりましたと言つて帰宅している。其の時銀行通帳を調査しているが其の通帳は名方平二名義であり前記の通り其の通帳に不動産の売却代金が一時預金せられていた。従つて贈与がなかつたことは同係長は知つていたのである)それ故に一方に於ては上告人父子は不当課税として十分な調査を申入れ、断呼異議は取下げないと申出た所以であり他方佐々木係長は課税内容に於いて無理があるのを承知していたので十分な調査はせず異議の申立をなすや、忽ち電話で却下や撤回を申述べ差押えを以て脅し、門前払を喰わさんとしたのである。そして不服申立に対しては何等の決定をなさず、一寸待てと告げ上告人父子が大阪国税局に赴くや茲に問題が表面化したのである。乙第二号証に資産再評価税の取下を記載してみたり、之が完結もせず(尤も完結出来ないのである。上告人父子に取下の意志がないから)又大阪国税局に審査請求書を送付してなかつたのである。それ故に上告人が昭和二十九年六月九日乙第二号証の原本を閲覧した時、同係長は上告人父子が大阪国税局に直接出頭したことに言ひかかりをつけ剣もほろほろの挨拶があつたことは上告人が供述する通りである。上告人父子は国税局協議団の方々には敬意を表し岡田協議官の妥協案(之が容れられば本訴はなかつた)を承諾したが佐々木係長の拒否する処となつたのは本案に付自信がなかつた為と推定する。

以上の次第で事の真相は明らかであり、乙第二号証は偽造文書であり佐々木証人の供述は真実と相違する。しかるに原審が右の点に何等思をいたすことなく漫然取下の事実を認定したのは正に経験則に違背して事実を認定した違法があり右違法は判決に影響を及ぼすことは明らかであるので原判決は此の点に於ても亦破毀を免れないものと思料する。

第五点 原判決は経験則に違背して事実を認定した違法がある。

一、原判決は本理由書第四点第一項記載の通り説示する。

即ち署長面談後上告人が延納の手続を取つた上再び佐々木係長のもとに来て同係長の面前で乙第二号証に署名捺印したと認定する。

しかしながら本件記録を如何に精査しても上告人が延納手続後乙第二号証に署名捺印した証拠は皆無である。原審並に第一審証人佐々木裕の供述によれば上告人が自分の面前で乙第二号証に署名捺印後延納手続の事をたづねたと云うのであつて、延納後署名捺印したと云うのではない。本件に於けるが如く取下の有無が極力争となつている場合には何時如何なる方法で取下書が作成せられたものか否かに付経験則を適用して仔細に検討せられねばならないのである。しかるに原審が漫然虚無の証拠に基いて延納の上取下書に署名捺印したと認定したのは違法である。

二、明石税務署の署長室が階上にあり、佐々木資産税係長が執務した直税課の室が階下にあつたことは一審佐々木証人の供述する処であり、管理課室が署長室の隣にあつたことは被上告人の明らかに争わない処である。然して上告人が佐々木係長と共に署長室に赴き、納税の挨拶(署長室で取下の話がなかつたことは前記の通り佐々木証人公庄証人の供述する処である。)をしたこと、右面談が極めて短時間(佐々木証人によれば三分、上告人によれば一、二分)であつたことは疑問の余地がなく右席上に下里係長はおらなかつたことは佐々木証人の供述する通りである。(下里係長が十日の事と十六日のことを混同して供述していることは前記の通り)従つて署長に納税の挨拶後上告人が佐々木係長と共に隣室の管理課室に赴き下里係長と面会し、延納手続をなしたと認めることは(上告人は右の通り供述する)経験則上当然のことであらねばならない。前記の通り佐々木係長としては一応納税でも一応解決であるのでよい気持となつて上告人を署長室に面会さし更に下里係長に面会さしたのである。然して延納手続の具体的事務は林事務官が之をなしたこと、其の時間が三、四十分かかつたこと、右時間中上告人は下里係長と雑談(此の時間中上告人が同係長に取下のことは何も言明しておらない点は注目せねばならない)していたことは林証人並に下里証人の供述から誤のないことである。しかして納付手続が約十分かかつたことは林証人の供述する処である。一方乙第三号証の延納申請書が作成し終るまで上告人が印鑑を下里係長に預けていたこと、其処に佐々木係長がおつたが途中で何時の間にか同係長がいなくなつたことは林証人上告人の供述から明らかである。ともかく佐々木係長が延納手続中相当時間管理課室に居たことは否定すべくもない。

三、しからば上告人は延納手続中、或は延納手続後果して階下の佐々木係長室に赴き、乙第二号証に署名捺印した事実があるか、原審の説示する様に「延納手続後」にないことは前記の通りで何等の証拠がない。延納手続中は如何

右の点に関し一審佐々木証人は次の如く供述する。即ち「そして証人は原告を署長に会わす為め署長室に同行して行き証人は署長室に三分程いてから自室である階下の直税課に帰りました。そして原告は二、三十分位経つて証人の処に来ました。」そして佐々木係長の面前で上告人が乙第二号証に署名捺印したと云う訳である。

しかしながら署長に納税の挨拶をした上告人は佐々木係長と共に管理課室に赴き直に延納手続に入つたのである。其処には佐々木係長もいたのであるが同係長は上告人不知の間に何時の間にかいなくなつたので階下の自室に帰つたのであろう。佐々木係長は延納手続には関係はないのである。従つて何の連絡もない上告人が、二、三十分して階下に降りる合理的理由は何等存しないのである。上告人は下里係長と雑談していたのである。若し佐々木証人の供述する様に上告人が延納手続中階下に降りる場合には下里係長並に林事務官に告げて降りるを当然とする。蓋し人に仕事を依頼しておりながら席をはづすに目的も告げずに席をはずすは礼儀に反する。

しかるに一審下里証人林証人の供述中には右延納手続中上告人が階下におりたことを推断さす何物も存しないのである。林証人は「取下」の言葉すら聞いておらないので右の様なことを供述する筈はないのである。之に反し下里証人は取下のこと(伝聞である)を供述しているのであるから仮に上告人が延納手続中取下書作成の目的の為め階下に降りた事実があるとすれば被上告代理人の第一審に於ける訊問に対し上告人が第一審に提出した昭和二十九年十月二十五日附第二準備書面の末尾添付の図面を指示されて上告人の所在場所をたづねられているのであるから単に上告人の主張事実(所在場所に関する)を否認するにとどまらず上告人が延納手続中階下に降りた旨の供述は当然出てこねばならないのに(経験則上当然である)遂に其の旨の供述は存しないのみか之を伺うに足る供述すら存しないのである。即ち上告人が延納手続中佐々木証人の供述する様に二、三十分して階上より階下に降りた形跡は遂に存しないのである。尤も両証人共、上告人が延納手続中乙第三号証(延納申請書)の「理由欄」を上告人が書いて来た旨供述する。しかしながら其のしからざることは被上告人が第一審に提出した答弁書第三項(6)(7)記載(昭和二十九年十月七日口頭弁論陳述、第一審判決事実摘示参照)の通りであり、即ち室を出て行つたのは上告人ではなく林事務官である。上告人が原審で私は延納の理由は金がないから一度に払えぬというだけだ。理由はそちらで書いてくれと申しました」と供述したのは真実を物語ることは明らかである。上告人の様に一文の金員も不動産の入手もない人が一時に税金の払えないのは寧ろ当然のことである。(佐々木係長も上告人に金の入手がないことははつきり知つているのである。「名目課税」とは一体何を意味するか、相続税法第一条違反の課税である。)階下に降りない上告人が階下で佐々木係長の面前で乙第二号証に署名捺印することは経験則上あり得ないのである。乙第一第二号証が取下の意思表示に基いて其の後作られたものなれば「昭和二十八年四月十六日」と書いておいてよいのである。日附を空白にしておくのは提出日が未確定の場合に通常取られる処置である。乙第二号証は明らかに偽造文書である。

四、次に一審佐々木証人は「上告人が乙第二号証に署名捺印し父平二の印鑑を持つてくる様申した」旨の供述更に「そのとき原告の方から延納してくれと云う話がありましたので証人は延納は税法で非常に難かしい問題だから総務課管理係の方へ行つて話して呉れと云つて、原告を管理係の方に行かせました」旨供述する。

(一) しかしながら昭和二十八年四月七日徴収課は既に「税金はどうしてくれるのか、」「異議が出ているらしいが徴収は変更しない」「明日必らず出掛けて下さい」(甲第二十一号証)と催促しているのである。原審佐々木証人も徴収課の方の催促の事実は認めている。従つて四月十日(明八日ではないが)に出頭し分割で納税の内諾を得、特定数額の小切手も持参しているので今更佐々木係長より税法上難しい講義を聞くまでもなくその様なことは訊ねもしないのである。

(二) 佐々木係長は三分間おり上告人は二、三十分して階下に来たと云うのであるが延納のことは上告人は既に十日に内諾を得ているのである。従つて署長室一、二分納税の挨拶後は直に管理課室で延納手続に入つていたのである。仮にたづねたとすれば上告人ば署長面会後一体何処で何をしていたのか不可解である。

以上の次第で各証人の供述を仔細に経験則に基いて考察したときには相互に矛盾に充ちており到底措信出来ないのである。上告人の主張が理路整然としているとは到底同一に考うべくもない。即ち経験則上は、上告人が佐々木証人の供述する様に署長面会後階下で乙第二号証に署名捺印し佐々木係長より父平二の印鑑を持参する様告げられたことは到底認める余地がないのに原審が思を此の点にいたすことなく漫然措信出来ない供述を採用して取下の事実を認定したことは経験則に違背して事実を認定した違法があり右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので原判決は此の点に於ても破毀を免れないものと思料する。

第六点 原判決は経験則に違背して事実を認定した違法がある。

一、原判決を引用する御一審判決の理由によれば「そして同日原告が被告から指示された金額に基いて金三十万一千余円の金員を小切手で納税し延納の手続を取つたことは原告も認めるところであるが右延納の手続万端がさきに認定した再調査の申立の取下のあることを前提として進められたことは前記各証拠によつて明らかなところである」と説示する。

二、しかしながら延納と再調査申立の取下とは全く別個の問題であることは国税徴収法第三十一条の二第三項の明定する処である。それ故に法治国民として法の定むる処に従い、上告人は一応の納税をしただけである。一応の納税をすればそれが最終的な不服申立の取下げとなるのが上告人に取つては不可解である。佐々木係長にしても左様なことは十分わかつていた筈である。

(一) 原審は前記の通り一方では延納後取下げたと認定する(虚無の証拠に基いて)地方では取下を前提とした延納手続をしたと説示する取下げねば延納手続をしないと上告人の意思を判断したのであろうか。弁護士が納税手続は即ち取下手続であると意見したと判断したであろうか。

(二) 「右延納手続万端がさきに認定した再調査の申立の取下のあることを前提として進められたこと」は「前記各証拠によつて明かなところである」と説示するが上告人に取つては少しも明らかでない。只考へられる処は下里証人の前記特殊の意図(延納の許可を取下に繋さんとする意図)に基く、事実相違の供述あるのみ。しかしながら原審証人佐々木裕は延納許可と取下とは関係がないと明らかに供述する、四月十日に延納分割納税は内諾を得ているので延納許可と取下とは全く関係がないのであり、従つて原審の前記説示は全く事実誤認である。

三、結局右取下を前提とする説示は右下里証人の供述を外にすれば

(一) 佐々木証人の弁護士の意見に基いて取下げる旨申出でたこと。

(二) 乙第二号証の存在

の二点につきる。しかしながら佐々木証人の右供述の措信出来ないことは上告人の前記主張により今や何等の疑問が存しないのであり佐々木証人の前記(一)の供述は虚偽である。なお佐々木証人の供述の措信し難い所以は上告人が原審に提出した昭和三十一年十一月二十七日附第六準備書面記載の通りであるから御一続頂けば幸である。従つて佐々木証人の供述は何も取下を前提として延納手続が進められたことにはならない。

次に乙第二号証が右証拠とならないことも既に指摘した通りである。特に贈与税と資産再評価税とは各々適用法規、課税内容並に当事者を異にする。従つて仮に右不服の申立を取下げるとすれば別々の取下書をつくるを経験則上当然とする。原審佐々木証人は親子だから便宜一通とした旨供述するが親子だから一通にせねばならぬ格段の事情は「名方」の捺印のある税務署用紙が一通しか存しなかつたことに存するものと解する。息子の税金を親の金で払へば又贈与税を課する(かく云はねば態々二千四十六円の無駄な金利を払う人はいない)と云つた場合は親子は全く別人であり(甲第一号証の名方美禰、平二、大介三人のこと、参照)取下の場合は親子だから便宜一通とは誠に身勝手なことである。

次に乙第二号証の税務署総務課の受付印に付考察する。右の点に付原審佐々木証人は「乙第二号証取下書の明石税務署の受付印は受付で押したものと思います私が押したものでありません」と供述する。しかしながら被上告人の主張によれば右書類は郵送して来たものではなく、上告人が佐々木係長の眼前で署名捺印したと云うのであるから佐々木証人の意思を離れて押捺せられることはなかりさうである。

原審公庄証人は「乙第二号証はいつ見たか。受付の当日か翌日か見ました、取下書の内容をよく見たか、あまり注意しませんでした。不服申立の取下はどう処理したか記憶がありません」と供述する。本件に表はれた一切の証拠から見て公庄署長が受付の当日か翌日見た旨の供述はたやすく信用出来ないのである。日附を遡つて書類をつくり、日附を遡つて印が押されることは可能であるので日附の日に書類が作られたことは一概に考へられないからである。公庄署長の印はあるが、内容をよく見れば贈与税と資産再評価税が同一人に課せられるものでないことは明らかである。取下はどう処理したか記憶がない旨の供述は乙第二号証には課長の決裁印が存せず取下事務処理手続は何等遂行せられなかつたことを示すものでなかろうか。蓋し明石税務署は公の官庁であり文書受付簿が存し、不服申立の事件書類は取下により終了したことを証さる意味に於て係長課長署長が決裁の印を押捺しておるであろうからである。

右の様な各書類に夫々被上告人が本訴に於て主張する様な記載乃至決裁の印があれば当然右書類帳簿は証拠書類として提出されるを通例とするからである。特に原審に於ては上告人は甲第九号証乃至第四十二号証を提出しているのであるから。しかるに其の提出もないことは結局本件が佐々木係長の一人舞台として動いたことを有力に示すものである。従つて乙第二号証を以てしては何第取下を前提とした延納手続だとは考へられないのである。

其の他林証人は取下のことは何等供述しないのであり甲第四号証の一、二は佐々木証人の供述の措信すべからざるを示すだけで何等取下の事実を示すものではない。従つて前記説示は「前記各証拠」によつて少しも明らかでない。

四、最後に結論として之を要約する。本件は本案前の問題(右の点に関する上告人の主張は「昭和三十二年四月十五日附弁論要旨補足」記載の通りであるから御一読頂けば幸である)を別とすれば再調査請求の取下の有無に関する事実認定の一点に尽きる。上告人は係争不動産の贈与を受けた者ではない。従つてまた一文の金員の取得もない。右事実は佐々木係長は知つていたのである。しかるに佐々木係長は上告人の請求を一蹴して現実に行動に当つた実父名方平二を取調べず突如課税した。名方平二は直に上告人の名義で異議申請をした。之を受取つた佐々木係長は何等の調査もせず(こんなことなら異議や訴願は無意味である。)電話で却下、を申渡し差押の脅威を以て撤回を勧告している。名方平二は立腹して更に再調査申請の申立をなし、異議は撤回しない差押を受けても撤回しない趣旨を申述べている。当弁護士は一応の納税の意見は述べたが取下の意見を述べたことはない。其の後更に名方平二は自己に対する資産再評価税に異議を申立て、本件贈与税を精査せられたい。納めるべき事由が明白なれば私も倅も納税は拒まないと申述べ甚だ民主的である。かくて納税はした。全然決定がない。しびれを切らして国税局に出頭した。何等事件が廻つていない。協議団の取調で初めて「取下」の問題を知る。そんな馬鹿な話はない。協議団の妥協案を佐々木係長は一蹴した。かくて訴訟となつた。不服申立から一年有余経過していたので直接課税処分取消訴訟は出来なく本訴の形となつた。

之に対する被上告人の主張は上告人が納税の日に弁護士の意見で不服申立を取下げたと云うのである。

右双方の主張を聞いて本件をおかしく考へない人があれば考へない方がどうかしている。之を妨げるものが乙第二号証の存在と佐々木証人等の供述である。しかしながら本件を大所高所から考察し、一方経験則を基礎として証拠を仔細に検討すれば被上告人申請証人の供述は相互に矛盾撞着し経験則上是認出来ない部分が多々存することは前記の通りである。之に反し上告人の主張は書類を中心として確実な根拠に基くので何等の矛盾なく経験則上充分是認出来る筈である。しかるに上告人の主張は不幸、一審並に原審に於て一蹴せられた。佐々木係長の行動に正義があつたのか、上告人父子の行動に正義があつたのか。世人往々にして税務署と云えば正しいことすらよう主張し得ないことは公知の事実である。新聞の漫画は何を語つていたか。本件でも税務署長が当事者と云えば鑑定人は引込んで仕舞つた。しかし正しいことは誰が何としても正しいのである。上告人父子が合法的な限り、民事刑事一切の手段を尽し、如何に時間がかかろうと如何に金がかかろうと、最後まで断呼闘い抜く決意を有していることは充分首肯出来ることである。本理由書が長文に且つた所以も茲にある。

しかるに原審が思を前記一切の点に至すことなく、公務員には不法な人はないと速断したのか漫然取下の事実を認定したことは正に経験則に違背して事実を認定した違法があり右違法は判決に影響を及ぼすことは明らかであるので原判決は此の点に於ても亦破毀を免れないものと思料する。 以上

○昭和三二年(オ)第五八一号

上告人 名方大介

被上告人 明石税務署長

上告代理人藤井信義の上告理由、第一点補充

右当事者間の再調査請求法律関係存在確認請求事件に付上告の理由第一点(判断違脱若くは理由不備の違法)を左の通り補充主張する。

一、原判決が上告人の原審に於ける請求を排斥するに付上告人が原審に提出した第一準備書面に基く主張について判断を加えた形跡が認められない。従つて原判決に判断違脱の違法があることは疑問の余地がない。(最高裁判所昭和二八年(オ)第三八号除権判決に対する不服並に無効確認請求事件昭和三十二年二月二十二日第二小法廷判決参照)

二、次に右違法が判決に影響を及ぼす所以を左の通り明らかにする。

上告人訴訟代理人である当弁護士が上告若しくは上告人実父名方平二に対し、不服申立の取下げの意見乃至勧告をしたものでないこと、従つて上告人父子が自宅に於て不服申立の取下げの決意が生じたものでないこと、は上告人が原審に提出した甲第十八号証、甲第二号証、甲第三号証証人名方平二の供述、上告人の原審第一審の供述等より見て疑問の余地が全然なく之を覆えす反証は何等存しないのである。

三、しかして上告人父子が自宅で取下げの決意が生じない限り、上告人が昭和二十八年四月十六日佐々木係長に対し「弁護士の意見に基いて取下げる」旨の申出をなすものでないことは経験則上疑問の余地のないことである。

従つて原審が上告人の請求を排斥するについては上告人の前記主張が証拠上認められない所以を明らかにするか、若しくは当弁護士以外の弁護士から取下げの勧告がなされ、上告人父子が其の意見に従つて自宅に於て取下げの決意が生じた所以が証拠上明らかにせられる必要があることは自明である。

しかるに前記の如く上告人の主張は証拠上明らかに認められる処であり(之を疑う反証は何も存しない)又当弁護士以外の弁護士が取下げの勧告をなし上告人父子が其の意見に従つて自宅で取下げの決意が生じたと云う証拠は皆無である。

従つて原審としては上告人の前記主張を排斥する訳にはゆかない訳であり、右主張が排斥出来ない以上取下げの事実を認定するに由がないのである。蓋し人間は一定の動機から行動に及ぶものであるからである。

しかるに原審がかかる点に全然思をいたすことなく漫然取下げの事実を認定したことは前記主張に対する判断違脱が原因となり、右主張に対する考慮、従つて之に対する立証に全然思をはせなかつたことに原因があることは明らかである。

従つて右の違法は判決に影響を及ぼすことは明らかである。

四、次に上告人が自宅に於て弁護士の意見に基いて取下げの決意が生じないものである限り、原審が仮に上告人が税務署に於て弁護士の意見に基いて取下げますと申出たと認定せんとする以上、原審としては宜敷く上告人が自宅出発後税務署出頭直前例えば道路上に於てでも上告人が弁護士と面会し、其の弁護士に取下げを勧告せられ、上告人が其の意見に従つて取下げの決意を抱くに至つたという特別の事情が証拠上認められねばならない筋合である。

右の特別事情が証拠上認められない限り漫然一証人の供述を措信して取下げの事実を認定することは経験則違背の事実認定で違法である。

即ち上告人が自宅で取下げの決意が生じたものでないことが認められる以上取下げを認定せんとすれば前記特別事情に付証拠上の説示をせねばならない。然らざれば右判決は理由不備の違法があるものである。しかるに原審が漫然取下げたと認定するのみであり上告人の心が強硬な反対から取下げに傾いた所以に付何等の説示がないのは右判断遺脱が原因となり、理由不備の違法があるものであり前記違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

五、実際判決を検討して伺えることは原審が漫然控訴を棄却したに止り、何等記録を精査検討した跡が判決文からは全然伺えないのである。判決が裁判官の主観を中心として判断なさるべきではなく証拠に基く客観性を具備しなければならないことは自明である。

原判決は本件に於ても直接課税処分取消訴訟が可能な趣旨の説示をなす。第一審判決も同様である。上告人は原審に於て第一審判決の右趣旨の説示は、相続税法第四十七条第三項第四項の九ケ月の不変期間の関係で本件では失当である旨を主張(上告人が原審に提出した昭和三十年十二月十二日附第三準備書面の「第一行政処分の存否について」の第七項訴の利益の点並に弁論要旨補足第七項参照、尤も本準備書面は陳述してないが御一読を頂けば幸であつた)したに拘らず、原審が相変らず誤れる説示をされたのは原審が本件記録を精査検討せられた形跡が少しも伺はれないという所以である。記録を精査検討すれば判断遺脱の違法は出て来ない筈である。従つて右判断遺脱の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決は上告理由第一点で既に此を維持するに由がないのである。

以上

○昭和三二年(オ)第五八一号

上告人 名方大介

被上告人 明石税務署長

上告人の上告理由

本件の判決は数多の証拠判断を誤認して行はれた判決であり承服出来ぬものであり。

一、判決の根本は再調査申立の取下を成したと認定せられた事が真実を誤認せられた判決であり。

一、上告人が何んで取下をした事がないと云うか其原因を審査せられしならば取下の否定も判然するのである。

一、本判決は税務署なるが故と上告人の申すことを否定せられし様に見ゆる点を悲しみます。

一、取下書は上告人の印を盗用せられて取下書が出来たもので上告人の知らざるものであり署名は素より捺印もせし事なきものであります。

一、裁判所に於いても今少し審査せられたらば恐らく誤認せられることはかなりしものと思ひます。

一、本件は課税すべきものでない点を左記に示します。

(イ) 係争にかかる不動産は父名方平二の所有ではありません。

(ロ) 贈与せし人がありません。

(ハ) 佐々木資産税係長が再調査申立に対し審査決定を成せば取消するより外理由なかりしなり。

(課税前の調査により判然して居るものなり)

(ニ) 徴収係の方より税金の催促も厳しく再調査審査決定で取消となれば利息を付けて返す徴収は猶予せぬとのことで分納の事になりました。

一、上告人の知らぬ取下書を明石税務署にて一見し偽造なるに驚きました。

税務署の用紙に書いてあり、其文面が上告人のものと父名方平二の再評価税のもの迄上告人が取下した様書いてあり、上告人の印を押してあるが上告人は見た事もない署名したこともない上告人が提出したものでありません。上告人が提出する場合は父のもの迄上告人が勝手に取下することは出来ぬもの税務署又斯様な書類を受理せられる筈がない此点より考察すれば何にか故あつて偽造も出来たものと推察が出来ます。此等より真否の判断を下されたらば容易に真実の取下書と認められぬ事が判然として居る筈である。

一、上告人が最初異議申請書を提出したのは佐々木係長が二十八年二月十六日上告人の自宅へ来訪して別に用事もないらしく雑談色々御面倒かけましたもう之れで済みました。

つづめを付けて置かぬと此儘にはして置けぬと暫く話して御邪魔しましたと云うて帰宅せられた上告人は之れで終了したものと思うて居りました。

来訪の用務が解しませんが課税する様な話しはなく。

課税なら認定であろう然らば一応認定の理由を告げ同意を求められるべきものと考へる。

一、然る処突然納税告知書が来りしにより税務署に至り佐々木係長に会うて課税の理由何れにあるのかと尋ねしも返答せず。

一、署長に訴へるべく異議申請書を署長宛親展書留郵便にて提出したが署長より何んの様子もなく佐々木係長より電話で撤回せよとか却下するとか差押をするとか随分穏かならぬ電話であり依て国税局へ訴へる積りにて更に再調査申立を明石税務署経由佐々木係長の許へ提出しました。

一、上告人は何れよりも何物も受贈したものはない課税せられる訳がない何故あつて無理と知りつつ課税した事であろうか不可解であり署長に求めし異議申請も調査せず裏切られた訳であつた。

一、何時迄待つても埓が明かぬので大阪国税局へ出頭して尋ねた処明石税務署より進達してなく牛居係長が協議団へ案内せられて村上協議官に会い顛末を申出た一件書類の再提出を求められて提出す。

一、明石税務署の不適法が発見せられました。

佐々木係長は税法に於て時を稼げば提訴期間が経過する納税者は屁古垂れると云う筆法と窺はれました。

一、大阪国税局協議団神戸支部協議官岡田文雄氏に於いて父名方平二の再評価税の件にて調査があり上告人は素より父の再評価税の件迄再調査申立が取下せし如くなり居る様云はれ父も上告人も取下の覚へのないに意外であり絶対に取下した事はないと答へました。

一、岡田協議官再三隈なく調査が行はれました。

一、岡田協議官は調査の道理を説示され誠に公平無私穏和に上告人と父の納得の行く様な御話しがあり上告人も父も了得しました。其説示せられた点。

一、課税すべからずと判然せるに課税する事は職務上行過ぎで国民の迷惑か法規乱用であります。

一、上告人大介は受贈者でないことも分りました。取下書が問題で之を決定せぬと再評価税の方も決定出来ぬと云う話しあり。

一、取下書は無いものとして更に再調査申立に対し明石税務署の認める決定することに取計うから其事に承諾して呉れとの御話しがあり承諾しました。

一、明石税務署長は岡田協議官の指示を拒みしよし(拒みしは決定となれば取消の外ない訳であるが故なり)。

一 岡田協議官は佐々木の云うことが心得違ひと思う正当なら徴収出来ぬ筈はありません無理して課税し異議に対し弾圧するから取下る夫れで徴収すると云う不法があると話され。

一、明石税務署の云う事は心得違ひと思いますから今一度説き諭しますから暫く待つて呉れ(弁護士に依頼してある訴訟のこと)どうしても応ぜぬ場合は国税局の方で協議して処断して貰ひますと岡田協議官飽迄円満に納めんと尽力せられましたことを述べて置きます。

一、其後岡田協議官より電話にて任意にして呉れと藤井弁護士の方へ通知があり訴訟となりました。

一、国税局協議団の協議でも又明石税務署の方でも本件は既に税法に於て提訴期限経過をして居ると見てのことと推測します。

一、訴訟となるや証人偽証し佐々木の如きは見へ透いた嘘を申して居り。

一、佐々木係長の職権乱用は実に甚だしきものあり何れ別途其筋を煩はすの外なきものであります。

以上

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